夜の旅と昇天(1/6):夜の旅
預言者ムハンマド(神の慈悲と祝福あれ)の、マッカの聖モスクからエルサレムの最も遠きマスジドまでの一夜にしての旅は、神によって与えられた奇跡でした。それは驚異的な夜の幕開けであり、その夜に預言者ムハンマドは昇天し、神との接見を果たしたのです。
“かれに栄光あれ。そのしもべを、(マッカの)聖なるマスジド1から、われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)マスジド2に、夜間、旅をさせた。わが種々の印3をかれ(ムハンマド)に示すためである。本当にかれこそは全聴にして全視であられる。”(クルアーン17:1)
その旅は形而下の現象であり、これから説明される一連の出来事は、すべて一夜の間に起きたことです。
このシリーズでは、英語の訳語である「モスク」の代わりに原語の「マスジド」を使用します。なぜならマスジドという言葉はムスリムたちが礼拝する建物よりも多くの意味を含むからです。マスジドは「サ・ジャ・ダ」という平伏すことを意味する語根から派生するため、マスジドは平伏す場所を意味します。預言者ムハンマドはこう言っています。「大地は私にとってのマスジドとされたのだ。」4この神による恩寵は、ムハンマドの共同体に対してのみ与えられたものです。
ムスリムは不浄でない場所であれば(一部の例外を除き)、どこでも礼拝することが出来ます。礼拝に特化した建物もありますが、ムスリムが礼拝する場所は、それがどこであれ逐語的な意味でのマスジド、つまり平伏す場所なのです。平伏す行為は礼拝において最も重んじられている部分です。ムスリムの額が地面に触れるとき、その人物は非常に神に近づきます。礼拝は信仰者とその主との関係を確立し、この夜において一日五回の礼拝が義務付けられたのです。
以下の逸話からは、ムハンマドの人物像、そしてなぜムスリムたちが彼を愛してやまないのかを学ぶことが出来るはずです。また、エルサレムのマスジド・アル=アクサーがなぜイスラームにおける聖モスクの一つであるのかが分かるでしょう。神はクルアーンの中でエルサレムを「周囲を祝福した」土地として言及しています。マスジド・アル=アクサーの領内の一部であった岩のドームは、最も顕著なエルサレムの象徴でもあり、ムスリム一人一人の心の中で特別な位置を占めています。それがなぜなのかをここから学び取ることが出来るでしょう。それでは7世紀のアラビア半島、マッカの町から夜の旅に出て昇天した預言者ムハンマドに目を向けてみましょう。
旅の始まり
預言者ムハンマドが最初にクルアーンを啓示として下された約10年後、彼は二人の親近者を亡くしました。一人は彼の叔父であり、預言者が孤児だった幼少の頃から彼を愛してやまなかったアブー・ターリブ、そしてその僅か二ヶ月後には預言者の最愛の妻ハディージャが亡くなりました。この年は、「悲しみの年」として知られるようになります。
この年に到るまで、特に預言者ムハンマドを含む新ムスリムたちは迫害を受け、嘲笑や虐待の的でした。彼の叔父の影響力・支持と、ハディージャによる愛情と思いやりは、酷い逆境においても彼に力を与えたのです。しかし、二人がなくなり、彼は悲しみに打ちひしがれ、孤独を感じずにはいられませんでした。
人が本当に神に身を委ねるとき、人生の苦痛や悲しみは信仰における試練となり、それらの試練は常に、やがて安楽をもたらします。慰めの章とも呼ばれるクルアーンの94章において、神は預言者ムハンマドに対し、すべての困難には安楽があることを二度繰り返して強調しつつ保証しています。この非常に困難だった年が過ぎ、預言者ムハンマドには大きな祝福である夜の旅と昇天によって安楽がもたらされました。
“本当に困難と共に、安楽はあり、本当に困難と共に、安楽はある。”(クルアーン94:5−6)
マッカの多神教徒たちによる攻撃を受けるリスクから、それが危険だったにも関わらず、預言者ムハンマドはマッカの聖マスジドで深夜礼拝をしていました。ある夜、彼はカアバ(マスジドの中心に位置する黒い立方体の建物)の近くで横になり、覚醒と睡眠の間の状態にいました。その時、天使が舞い降りてくるなり、彼の胸を首から腹まで切り開きました。天使は預言者ムハンマドの心臓を取り出し、信仰で満たされた金の器に入れられて浄化させた後、元に戻したのです5。
天使がムハンマドの胸を切り開き、心臓を取り出したのはこれが初めてではありませんでした。ムハンマドは慣習に従い、幼少期には遊牧民の乳母の元に預けられていました。砂漠の環境はより健康的で、市街地に比べ教育に適していたと見なされていたからです。彼が4〜5歳のときに友達と外で遊んでいると、天使ガブリエルが現れ、ムハンマドの心臓を取り出して、そこから「悪魔の一片」と呼ばれる部分を切除しました。天使ガブリエルはザムザムの水(預言者イシュマエルの時代に湧き出たマッカの湧き水)を用いて心臓を洗い、元の場所に戻しました。他の子供たちはムハンマドが殺されたと思い込み、叫び声を上げて逃げましたが、人々が助けのためにそこに戻ると、彼は一人で怯えて青ざめており、胸にはほんの小さな傷跡しか残っていませんでした6。
預言者ムハンマドの使命とは、全人類を唯一なる真実の神への崇拝へと導くことでした。それゆえ、彼の人生のあらゆる側面は、この偉大なる責任へと備えさせるための神による計画の一部だったのです。幼少時代、彼の心臓からは悪魔の一片が取り除かれたため、成人しムスリム国家を建築する際になっても彼の心は清浄かつ純粋な信仰心によって満たされていたのです。こうして、奇跡の夜は始まりました。
預言者ムハンマドには白い動物がもたらされました。彼はアル=ブラークと呼ばれるその動物を、馬よりは小さく、ロバよりは大きな動物だったと述べています。この動物は、一駆けで見渡すかぎりの遠くまで駆け抜けることが出来たと彼は言っています。つまり、一回の跳躍で途方もない距離を移動することが出来たのです7。天使ガブリエルはその動物に乗るよう預言者ムハンマドに告げ、彼らは共に最も遠きマスジドであるマスジド・アル=アクサーまでの1200㎞以上を旅したのです。
預言者ムハンマドは、地平線を一跨ぎするアル=ブラークに乗りました。アラビア半島の砂漠を望む夜空には、星が輝いていました。彼は顔にあたる風や、新たに浄化された心臓の鼓動を感じ取っていたことでしょう。この夜の旅の奇跡において、預言者ムハンマドが目にした神のしるしや驚異的な出来事の数々は、私たちの想像を絶するものだったに違いありません。